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福井地方裁判所 昭和61年(行ウ)9号 判決 1997年5月21日

福井県坂井郡丸岡本町二丁目四一番地

原告

大崎栄太

右訴訟代理人弁護士

吉川嘉和

八十島幹二

吉村悟

福井県坂井郡三国町錦三-三一七

被告

三国税務署長 福岡勇吉

右指定代理人

中山孝雄

太田尚男

鈴木安弘

山口博行

岩佐紀和

鍛治敏弘

松任徹郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が昭和五八年三月一二日付けで原告の昭和五四年ないし同五六年分の所得税についてした各更正及び各過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各更正等」という)をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  争いがない事実

(本件各更正等の経緯)

1 原告は、訴状肩書地で、男子既製服及び男子衣料品を販売する業者である。

2 被告は、昭和五八年三月一二日付けで、原告の昭和五四年ないし同五六年分の所得税の確定申告について、本件各更正等を行った。原告の申告内容及び各更正等の内容は、別表一の申告内容及び本件処分欄記載のとおりである。

3 本件各更正は、原告が、税務調査に協力しないため、帳簿書類などの直接資料が入手できない場合に該当するとして、いわゆる推計課税の方法によってなされたものであり、推計課税の方法は、取引先を調査し仕入金額を実額により把握し、各年分の期首・期末の棚卸しの金額を同額とみなして右各年分の仕入金額を売上原価の額とし、この売上原価の額を推計の基礎とし、原告と類似する同業者の売上原価率及び必要経費率を用いて本件各年分の事業所の金額を推計により算出したものである。

4 原告は、昭和五八年五月一〇日、被告に対し、本件各更正等についての異議を申し立てたところ、同年八月八日、異議は棄却され、さらに同年九月七日、国税不服審判所長に対し、審査請求したところ、昭和六一年八月一三日、審査請求は棄却された。

二  争点

1  本件推計課税の必要性

(被告の主張)

原告の、本件係争年分の所得税確定申告書の事業所得金額には、専従者控除額及び所得金額のみが記載され、収入金額及び必要経費額の記載がなかったため、事業所得金額の算定根拠が不明であり、しかも、原告に対しては昭和四四年分以降実地調査は行われていなかった。そこで、被告は、原告の本件係争年分の事業所得金額を確認するため税務調査を実施した。

被告係官は、昭和五七年七月二七日、所得税調査のため原告方に赴き、原告に対し、調査に応じるよう伝えたが、原告は拒否した。

被告係官は、同月二九日、「翌三〇日午前一〇時ごろ、来訪したい。」旨電話をしたところ、原告は不在であり、原告の妻ちえ子(以下「ちえ子」という)に拒否された。同月三〇日には、原告から、被告係官に対し、同月二七日の調査における被告係官の態度を非難する電話があり、被告係官は原告の言動から、当日予定していた原告方での調査を取りやめた。

同年八月一八日、予め原告の了解を取った上で、被告係官二名が原告方に赴いたところ、その場には原告のほか福井民主商工会事務局長山川知一郎が居合わせたので、被告係官は原告に対し、第三者の立会いは認められない旨要請したが、原告はこれを拒否した上、帳簿書類等の提示も拒否し、被告係官らのこれまでの言動等の非難を繰り返したため、被告係官らは調査不可能と判断して、原告方を辞した。

被告係官二名は、同月二六日、原告方に赴き、調査の協力を求めたが、原告は「税務署のほうで調査を進め更正処分をすればよい。」、「領収書や請求書は保管しているので異議申立てや審査請求を経て裁判で申告の正しさを明らかにする。」等と述べて、調査に応じなかった。そこで、被告係官は、税務署のほうで独自に調査する旨告知し、原告方を辞した。

このように被告係官は、原告方を三回にわたって訪れ、原告に対し、本件係争各年分の事業に関する帳簿書類の提示を求めたが、原告に拒否され、また、原告からは申告額を正当とする説明も受けず、被告としては本件係争各年分の事業所得金額を実額で把握することはできなかった。

なお、本件係争各年分の所得税の確定申告は白色申告であるから、本件各更正等の際に理由を明示しなかったからといって違法となるものではない。

また、異議審理手続の違法は原処分の取消理由にはならず、異議申立て後に原処分の理由、内容を開示すべきことを定めた規定も存在しないから、異議申立て後も処分理由を明らかにしていなくても本件各更正等が違法となるものではない。

(原告の主張)

原告は、会計帳簿等を提出するつもりでいたが、被告係官が調査の必要性について理由を示さず、「調査を断ればよい。そうすれば推計課税をしてやる。」等とまともに調査する意思を見せなかったため、右係官の態度を非難するつもりで会計帳簿等の即時提示を拒否したのであり、被告係官に対し、いつでも帳簿書類の提示に応じる旨述べていた。

また、昭和五七年八月二六日の調査については、原告への事前連絡もなく、さらに接客中であるにもかかわらず、調査しようとしたことに対して、抗議したものであり、調査を拒否したわけではない。

さらに、被告は、原告の再三の要求にもかかわらず、本件各更正等の際及び異議申立後も処分理由を明らかにしなかった。

2  本件推計課税の合理性

(被告の主張)

推計により算定した各年分の事業所得及び給与所得金額、雑所得金額を合わせた総所得金額は別紙一の被告の本訴主張1若しくは同2のとおりであり、本件処分に係る事業所得の金額を上回るから、本件各更正は適法である。

原告の年初、年末の棚卸高が不明のため、原告の取引先調査により把握した別表三記載の仕入金額(被告主張2は原告主張の備品什器費、消耗品費、包装材料費等と主張するものを仮に控除した金額である)を売上原価額とし、これに別表二記載の類似同業者の平均売上原価率で除して総収入額を算出し、総収入額に同表記載の平均必要経費率を乗じて売上原価以外の必要経費額を算出し、総収入額から売上原価とこれ以外の必要経費額、専従者控除額を控除して、原告の事業所得を算出した。

なお、原告の本件事業が係争各年分を通じてほぼ同規模で継続されていること、各年毎の仕入金額に著しい差がないこと、他に売上原価を把握する合理的な算出方法がないことから、期首及び期末の商品棚卸高を同額とみなした。

類似同業者の選定に当たっては、原告と同一税務署管内である三国税務署管内及び隣接する税務署管内において、男子衣料品小売業(男子既製服及び男子衣料品を扱う者とし、婦人衣料品を扱う者を除く)を営む個人事業者のうち、次の<1>から<3>の条件のいずれにも該当する者を抽出した。

<1> 本件係争各年分の所得税確定申告について、青色申告を提出する同業者。

<2> 暦年、前記事業を営んでいる者。ただし、以下のアからエに該当する者を除く。

ア 年の中途において開廃業若しくは休業をした者又は業態を変更した者。

イ 災害等により経営状態が異常であると認められる者。

ウ 小規模事業者で、所得税法六七条の二(小規模事業者の収入及び費用の帰属時期)の規定により、収入及び費用の帰属時期をいわゆる現金主義によることとしている者。

エ 更正処分又は決定処分が行われた者のうち、これに対して不服申立て若しくは訴訟継続中の者又は法令の規定に基づく不服申立て期間若しくは出訴期間を経過していない者。

<3> 本件係争各年分の売上原価額が、原告の営む前記事業の売上原価の二分の一ないし二倍以下の範囲内にある者(以下、原告の売上原価額の二倍ないし二分の一で同業者の上限下限を画する方法を「倍半基準」という)。

右基準により抽出された類似同業者数は、昭和五四、五五年分各三名、同五六年分四名であった。

(原告の主張)

本件推計は以下のとおり、合理性を欠くものであって違法である。

被告は、原告の仕入に係る全商品が完売されたとして推計しているが、衣料品についてすべての商品を仕入れた年度に売りつくすことは不可能である。

被告が推計に用いた売上原価率程度の差益を得るためには、仕入商品の売れ残りによる価格低下、破損及び値引きを考慮すれば、仕入商品のほとんどを売価の四〇から五〇パーセントの価値で仕入れなければならない。しかし、原告の仕入商品は、ネクタイ等少量の商品を除いて仕入価格は六五から七〇パーセントであり、差益率は二五パーセントが相当である。

原告の本件事業は、原告所有の土地店舗があり、家族経営でなされていたため、実際の経費率は、昭和五四年同業者以降各一六・一パーセント、一八・五パーセント、一七・八パーセントである。

被告が推計に用いる仕入額には、外注工賃、店舗什器費及び消耗品費が含まれているが、これらは除外されるべきである。

類似同業者選定基準の倍半基準は、収入に四倍もの差がある者を同業者とみなすもので、このような者の間で経費率、利益率が異なることは明らかで、倍半基準は相当でない。

第三争点についての判断

一  本件推計の必要性について

1  証人小川隆芳(第一回)、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告の、本件係争年分の所得税確定申告書の事業所得金額には、専従者控除額及び所得金額のみが記載され、収入金額及び必要経費額の記載がなかったため、事業所得金額の算定根拠が不明であり、しかも、原告に対しては昭和四四年分以降実地調査は行われていなかった。

被告の所得税部門に国税調査官として勤務し、所得税の調査事務に従事していた小川隆芳(以下「小川係官」という)は、上司である竹内統括国税調査官(以下「統括調査官」という)から、原告が申告した所得金額の計算根拠等について、申告内容を確認するため調査する旨指示された。

(二) 小川係官は、昭和五七年七月二七日に原告方を訪れたが、事前に訪問することを連絡しなかった。小川係官から税務調査に来た旨伝えられた原告は、接客中であったこともあり、小川係官に対し「私を民主商工会の会長と知って来たのか。」、「今日は多忙であるから帰ってくれ。」、「後日、連絡するから調査は後にしてくれ。」等と当日の税務調査には協力できない旨述べた。それでも、小川係官は何度も税務調査に協力を懇願したところ、とうとう原告は怒った口調で、小川係官に対し「帰れ。」と言ったので、小川係官は当日の調査を断念して原告方を辞した。なお、小川係官は統括調査官から、当日は事前通知なしで訪問するよう指示されていた。

(三) 小川係官は、原告からの電話連絡がないので、昭和五七年七月二九日に原告方に電話しところ、原告は留守であったため、ちえ子に対し「同月三〇日午前一〇時ごろ、調査のため原告方を訪れる。」年月日伝えたところ、翌三〇日午前九時ごろ、原告から小川係官に対し、同月二七日に原告方を訪問した際の言動を約一〇分間にわたり一方的に非難する電話があった。小川係官は、右電話の内容を上司である統括調査官に報告したところ、同人も当日の調査は原告の協力を得ることができないと判断し、当日予定していた税務調査は延期された。

(四) 統括調査官は原告の都合を聞いた上で、昭和五八年八月一八日に小川係官と新瀧調査官(以下「新瀧係官」という)の二名を原告方に派遣した。

小川係官らが同日午前一〇時三〇分ごろ、原告方を訪れたところ、原告以外に福井民主商工会の事務局長であった山川知一郎も同席していた。

原告は、小川係官に対し、電話の言葉遣いが感情的であり、公務員らしくない旨を一方的に非難した。なお、この際には、原告が会話内容をテープレコーダーに録音しようとしたため、小川係官が抗議するということもあった。また、山川からも、これまでの税務署は事前通知もなしに調査を勝手にしていた等と非難がなされ、小川係官に対し、謝罪を求める発言もなされた。これに対して、小川係官は、謝罪するような言動もないし、謝罪の必要はない旨述べながら、原告に対し、再三当日の調査の協力を促したが、原告は小川係官の話を聞こうとはしないで、これまでの非難を繰り返すのみであった。

このような状態が約三〇分間続いた後、小川係官は当日の調査は不可能と判断して、新瀧係官には断らずに、同人を残して原告方を辞した。なお、新瀧係官はその後も約一五分ほど原告方にいたが、原告の調査協力を得ることはできず、帳簿等の提示を受けることはなかった。

(五) 昭和五七年八月二六日にも小川係官は、新瀧係官とともに、事前連絡なしに原告方を訪れた。原告は接客中であり、小川係官らは、原告から暫く待つよう言われ待機していたところ、原告は、小川係官らに対し「税務署はもう来る必要がない。」、「税務署で勝手に調査を進め、更正をしたらいい。」、「異議申立て審査請求や裁判で言いたいことは明らかにする。」等と言った。これに対して、小川係官らは、再度調査に協力して欲しい旨要請し、帳簿書類等の提示を求めたが、原告は「請求書や領収書は保管してあるが、信頼関係がないから見せることはできない。」と言って拒否した。

そこで、小川係官らは、調査は不可能であると判断して、原告に対し、税務調査に協力してもらえないならば、推計によって所得が算出されることもある旨告げて、原告方を辞した。

原告に対する調査経費の報告を受けた統括調査官は、これ以上原告方を訪問しても調査協力は得られないと判断して、小川係官に対し、以降の調査の打切を指示した。

2  原告は、会計帳簿等を提出するつもりでいたが、税務署係官が調査の必要性について理由を示さず「調査を断ればよい。そうすれば推計課税をしてやる。」等とまともに調査する意思を見せなかったため、右係官の態度を非難するつもりで会計帳簿等の即時提示を拒否したのであり、また、昭和五七年八月二六日の調査については、原告への事前連絡もなく、さらに接客中であるにもかかわらず、調査しようとしたことに対して抗議したものであって、調査を拒否したわけではないから、調査する必要もなく、推計の必要性があったともいえないと主張する。

しかし、右認定事実によれば、原告は、調査の際には接客中であったことは認められるが、小川係官らの再三の税務調査の要請に対し、調査方法や被告係官の言動に対する非難、抗議、謝罪要求を繰り返すばかりであり、三度も原告方を訪れた小川係官らの調査に一切応じることはなかったのであるから、原告方での税務調査が無駄になった原因は原告の態度にあったと認めざるえ得ない。

なお、昭和五七年八月一八日の調査においては、小川係官は新瀧係官を残して原告方を辞したことが認められ、小川係官と原告との間で当日の調査に際し、相当激しいやり取りがあったことは推認することが出来るが、原告が供述するように、これまでの調査において、小川係官に税務調査を担当する公務員としての態度に欠けるような挙動があり、原告としては相互理解に基づいた調査に対する協力が困難な状況があったとすれば、新瀧係官に対して、調査協力すれば足りると考えられるところ、原告は残された新瀧係官に対しても、帳簿書類を提出する等調査に協力したことは認められないことに照らすと、右認定に反する原告の供述は採用することができない。

さらに、原告は、右調査は事前連絡なく行われたと主張し、右認定事実によれば、昭和五七年七月二七日及び八月二六日の各調査においては、原告への事前連絡はなかったことが認められる。

しかし、臨宅調査において、事前にその旨を通知しなければならないことを定めた規定はなく、事前に通知するか否かは担当係官の適切な裁量に委ねられているというべきであり、小川係官らの臨宅が、右裁量を逸脱したと認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の主張はいずれも採用できず、調査は適法であり、本件推計の必要性はあったと認められる。

なお、被告は、原告の再三の要求にもかかわらず、本件各更正等の際及び異議申立後も処分理由を明らかにしなかったとして、本件処分が違法であると主張する。しかしながら、本件係争各年分の所得税の確定申告は白色申告であるから、本件各更正等の際に理由を明示しなかったからといって違法となるものではないし、異議審理手続の違法は原処分の取消理由にはならず、異議申立て後に原処分の理由、内容を開示すべきことを定めた規定も存在しないから、異議申立て後も処分理由を明らかにしていなくても本件各更正等が違法となるものではない。

二  事業所得に関する推計の合理性について

1  被告が主張する原告の事業所得金額の推計の方法は、次のとおりである。

<1> 期首・期末の棚卸しがなされていないので、期首・期末の在庫が同量と考え、期間内の仕入金額を売上原価と等しいものとした。

仕入金額については被告が原告の取引先を調査して把握した(被告の主張1)。

なお、原告が右仕入金額には売上原価を構成しない備品什器費、消耗品費が含まれていると主張するので、念のためこれを除外したものを売上原価とした場合を被告の主張2とする。

<2> 原告の業務形態を男子衣料品小売業(男子既製服及び男子衣料品を扱う者で、婦人衣料品を扱う者を除く)として、類似同業者の平均売上原価率、売上原価を除く必要経費の平均必要経費率を求める。

<3> 右各仕入金額を類似同業者の平均売上原価率を除して総収入金額を算出する。

<4> 総収入金額に類似同業者の平均必要経費率を乗じて売上原価以外の必要経費額を算出し、

<5> 総収入金額から、売上原価額、売上原価額以外の必要経費額、当事者間に争いのない事業専従者控除額を控除する。

2  売上原価の額について

小川係官は、原告が期首・期末の棚卸しをしていなかったため、統括調査官の指示の下、昭和五七年九月から一二月にかけて、原告の仕入先に対して反面調査を行い、昭和五七年九月から一二月にかけて、原告の仕入先に対して反面調査を行い、別表三の被告主張1の仕入金額記載のとおり原告の仕入金額を把握した(乙四、五の二ないし四、六及び七の各一ないし三、八、九の一ないし三、一〇、証人小川隆芳(第二回))。

なお、中山産業有限会社に対する昭和五五年分、高橋商事株式会社に対する昭和五五、五六年分、山耕株式会社に対する昭和五五年分、コサカ株式会社に対する昭和五五年、五六年分、株式会社油田に対する昭和五四ないし五六年分、株式会社藤野に対する昭和五四年分の各仕入金額が別表三記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

被告は、右仕入金額をもって売上原価と主張(被告主張1の売上原価)している。

原告は、被告の主張するように期間内の仕入金額を売上原価とするのは、期間中に完売することを前提とするが、多量の売れ残りがあって、在庫が増えており、仕入金額は小さく、売上原価率は更に高いと主張するが、原告が期首・期末の棚卸しをしていないため、やむなく期首・期末の在庫を同量とみなして期間中の仕入商品相当額が販売されたとしたものであり、仕入金額をもって売上原価とするのは相当である。原告は、売れ残り在庫が増加しており、仕入相当分が売上になる状況でなかったと主張するが、別表一によれば昭和五四年、五五年、五六年と年を追うごとに五〇万円、一五〇万円と仕入金額が増加しており、必ずしも売れ残りが増えるような状況とも思えない。

原告は、福井市内のスーパーマーケットの新規開店に対抗するために品揃えを増やしたことが、売れ残り在庫の増加につながったと供述することろ、そのような事情があったとしても、原告は売れ残り商品の写真を証拠として提出するだけで、それ以上在庫の増加量などについて具体的な主張立証をしない。よって、右仕入金額を売上原価とすることは相当である。

次に、原告は、右仕入金額には、別表三の外注工賃、店舗什器費、消耗品費及び運賃欄記載のとおり、これらの費用などが含まれており、これらを控除した額が売上原価であると主張するので、順次これについて検討する。

(一) 外注工賃費とは、洋服の裾、丈、幅等のいわゆる「直し」に要した工賃であるが、甲六〇によれば、原告の場合、普段の事業専従者であるちえ子が担当し、繁忙時のは仕立職人に外注したことが認められ、さらに原告の供述によれば、原告の取引形態は、仕入先から預かった背広を顧客が購入した場合、購入時点で売上げに計上し、その後一日ないし三日後に仕入先から背広等の納品伝票の交付を受けて正式に仕入れとして清算するものであったことが認められる。そして、甲四〇の資料(4)によれば、背広等を販売する際に「直し」が伴った場合、仕入先から交付を受ける納品伝票には背広等と「直し」が併記されることが認められる。このような原告の取引形態に照らすと、「直し」が外注された場合であっても、その外注工賃費は販売された衣服と一体となって取り引きされており、直し終えた後の衣服が仕入れられているというべきである。したがって、このような取引形態下にあっては、「直し」が外注工賃に含まれるということはできず、「直し」に要した費用を売上原価額に含めることは相当であるというべきである。

(二) 備品什器費として原告が主張するもののうち、株式会社JET萬栄の昭和五四年分の二万八一八〇円、昭和五五年分五九二五円はいずれも消耗品費であり、二重計上されている。

(三) 消耗品費として、原告が主張するもののうち、株式会社JET萬栄の昭和五四年分の一〇万三二〇〇円の内五万六八七〇円分、昭和五五年分の五万一四一五円の内四万八一三〇円分は、いずれも「ハンカチ、ネクタイ、喪章」であり、それ自体が商品となる品であり、商品として販売されたのか、それとも礼服等を購入した顧客へのサービス品として提供されたのか区別する証拠はないから、これらを消耗品費と認めることはできない。

(四) 引取運賃などの仕入に係る直接費用は仕入費用として仕入価格に含めることになっており、売上原価となるから、原告の運賃に関する主張は理由がない。

以上によれば、支払金額から、備品什器費、消耗品費として原告が主張するものの内前記二重計上分及び商品との区別が付かない分を除いたもの(別表三の控除欄記載)が売上原価として認められる可能性があり、被告主張2の売上原価によるべき場合があり得る。

しかしながら、右備品什器費、消耗品費についてひとつずつ認定するまでもなく、別表一のとおり、被告主張2の売上原価をもってしても事業所得の額は更正などの額より多くなるから、これ以上、備品什器費、消耗品費として原告が主張する費用がそれに該当するか否かについて個別に検討することはしない。

3  類似同業者について

証拠(乙二、三の一ないし三、証人小川隆芳(第二回)及び弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

原告の業種については、男子既製服及び男子衣料品を扱う者と確認されていたことから、業種、業態の類似性を高めるために注文服及び婦人衣料品を扱う業者は除外された。

昭和五七年秋ごろ、原告を管轄する三国税務署管内において、原告と同規模、同程度の同業者が数名いたが、右業者はいずれも収入が不明確な白色申告者であったり、いわゆる仕入金額の倍半基準に合致しなかったり、婦人服をも扱い本件事業との類似性に問題があった。

そこで、小川係官は、三国税務署に隣接する福井税務署管内において、昭和五四年ないし同五六年分の営庶業カード(業種ごとに青色申告書が管理してあるもの)に基づいて青色申告者を引き出し、調査事績簿(税務署職員が調査した結果が簿冊にまとめてあるもの)を参考に類似同業者を抽出した結果、本件係争各年分について三名の類似同業者が抽出された。ただし、小川係官は、右要素以外に従業員数、従業員が家族か否か、顧客数については考慮しなかった。

被告は、本件訴訟においては、三国税務署に隣接する福井及び小松の両税務署管内において、男子衣料品小売業(男子既製服及び男子衣料品を扱う者とし、婦人衣料品を扱う者を除く。)を営む個人事業者につき、争点2の被告の主張欄記載の基準に基づき、通達回答方式によって抽出された類似同業者昭和五四、五五年分各三名、同五六年分四名に基づき、平均売上原価率、平均必要経費率を算出している。抽出した類似同業者の総収入金額、売上原価の額とその率、売上原価以外の必要経費の額とその率は別表二記載のとおりである。

右によれば、本件推計方法に類似同業者として用いられる業者は、いずれも原告と同じく個人業者で、住所が比較的近く、売上原価額が近似した者であるから、原告と事業規模、事業形態等が類似している同業者であると認めるに十分であり、使用した資料も、帳簿書類等の保存が法令上義務づけられている青色申告者の決算報告書であるから、その信頼性ないし正確性は高いものということができる。

原告は、男子衣料品小売業といっても、スーツやコート等高級品を重点に売る店、シャツ、ネクタイ、靴下、ジャンパー等の用品を売る店、両方を総合して売る店の三種類の業態があり、これらを区別せず類似同業者というのは不相当であると供述するが、原告のいう三種類の業態を別個の業者とすべきほどに類型的に売上原価率が異なるのか、その程度はいかほどかについて明確ではないし、原告の主張する業態に差異があったとしても、類似同業者として抽出されたものから平均売上原価率、平均必要経費率を算出する過程で極端なものは排除されることになり結果的にはさほど影響を及ぼさないといえるのではないかとも考えられる。結局、原告の主張する業態の差異を類似同業者抽出過程において捨象してもその合理性に影響があるとまではいえない。

原告は、類似同業者の抽出の要素である倍半基準自体を最大四倍の差があり不適当であると主張するが、倍半基準自体は同業者抽出の一要素にすぎず、推計に当たっては倍半基準以外に類似性を担保する種々の要素に基づき抽出がなされるのであって、右各要素との相関関係において初めて倍半基準も意味をもつものである。倍半基準は、類似同業者を画一的に抽出して類似同業者の選定に恣意が入らないようにするものであって、同業者を抽出する方法として一般に合理性が承認されており、この範囲内の同業者であれば類似同業者として各業者間の差異は通常存する程度のものを超える異常なものでない限り、平均値算出過程で捨象されることになる。さらに推計課税はそれが認められたこと自体の中に近似値的なもので足りることを予定しているところ、倍半基準を狭めれば営業規模により接近することはできる一方で、抽出される類似同業者が減少することから推計が行えない若しくは推計が行えても推計の基礎数値が合理性を持ち得なくなる危険もあることを考慮されているのである。いずれにしても同基準自体が独立に意味を持つわけでもなく、右基準のみを捉えた論難は意味がない。

なお、原告が問題とする点について、抽出された同業者の営業規模が原告の営業規模と比較してどの程度であるかという観点に変えて検討してみるに、別表二の同業者の売上原価の額を別表三の原告の仕入金額(被告主張2の額による)と比較してみるに、五六年分のエが五五パーセント、同年分のアが六五パーセントである他は七〇パーセント以上九七パーセントの中に収まっており、原告が主張するほど差があるわけではない。

4  類似同業者の平均売上原価率について

原告は、原告が青色申告をしていた当時の売上原価率、値引販売の実情からいって、原告の売上原価率は七五パーセント、差益率(総収入金額と売上原価の額との差の総収入金額に対する割合)二五パーセントであり、被告の主張する平均売上原価率は低率にすぎ、このことからすると類似同業者の選定に問題があると主張し、その旨に沿う証拠として、甲一の一ないし三、四〇、証人手賀武、原告本人の各供述がある。

確かに、昭和四七年ないし四九年の所得税青色申告決算書(甲一の一ないし三)によれば、原告の右各年度における売上原価率は約七一から七二パーセントであったことが認められるが、本件係争各年度から五年以上前の決算書であり、その間にはオイルショック等の経済変動があったことを考慮すると、必ずしも右決算年度での売上原価率が本件係争各年分のそれに相応するとまで推認することはできない。

証人手賀武(甲四〇も同じ)は、一般的な販売状況として既製服販売では定価販売、一割引販売、二割引販売が各三〇パーセント、三割引販売を一〇パーセントと想定して、差益率は二四・九九パーセントとしており、本件類似同業者程度の差益率を得る業者は原告のような既製服販売業者であり得ず、むしろ製造も扱っている業者である旨供述し、原告も、ファッション業界においては商品の陳腐化により、一年ごとに大幅な値崩れが生じる旨供述する。

しかし、同証人が述べる定価販売と値引販売の想定が一般的な販売状況であるとの証拠は不十分であるし、そのように判断した根拠も明確でない。

いうまでもなく、本件類似同業者も必ずしも定価販売しているわけではなく、年間を通じて各種の値引き等をしながら販売していることは容易に推認でき、本件推計に用いられた差益率はこのような年間を通じた類似同業者の販売の実績を総合して得られた数値であり、原告の主張する割引販売の実態は類似同業者の平均差益率を求める過程において、既に考慮されているというべきであるから、原告の右主張は採用できない。

同様に、原告は、福井市内の重衣料(スーツ、コート等金額の高い商品)を扱う業者の差益率は二八パーセント、原告と同様に日用衣料及び雑貨も販売する業者の差益率は二四パーセントであり、原告の扱っている商品ではスーツ等が一番差益率が高く、靴下やハンカチは金額も低く、差益率は二〇ないし二五パーセントであると供述する。

しかし、福井市内の他の業者の差益率が原告主張の程度であるといえるまでの証拠はない。かえって、乙一五、一六によると、中山産業有限会社、高橋商事株式会社から仕入れて原告が販売したスーツにつき、ネームなどから仕入れと販売が特定できるものを一五件抽出したところ、それらの単純平均による差益率は四五・三〇パーセントであり、加重平均による差益率は四五・七九パーセントであったというのであり(右一五件についての仕入額と販売額について原告は間違いがないと供述している。)、福井市内の重衣料取扱業者の差益率が原告主張の程度であるとは認めがたい。

原告の扱っている商品については、前記のようにスーツにつき差益率が高いほか、甲四〇の資料(4)によって仕入金額とメーカーの指定最高販売価格とを比較してみると、その差益率は、カッターで六〇パーセント、ベルトで五〇パーセントというように、被告主張の差益率を超える商品も多数あることが認められる。もちろん当裁判所は、メーカーの指定最高販売価格で商品がすべて売却されたと考えるものではないが、仕入の段階、即ち値札を付ける段階では差益率が被告主張の数値を超える商品も多数存在することを考慮すれば、原告の右供述を額面通りに採用することはできないというべきである。

また、原告は、商品の原価率が被告主張よりも高率であることを証明するため、甲二、三を提出する。しかし、右各証拠も果たして原告が主張するとおりの原価率であるのか、甲四〇資料(4)からは明らかでなく、その算定方法には疑問があり、採用することはできない。

結局、原告の主張し提出した証拠によっては、被告が類似同業者の平均売上原価率を算出した別表三記載の業者が、男子既製服、衣料品の小売業者であることを否定することはできない。

5  類似同業者の売上原価以外の平均必要経費率について

原告は、本件事業は、原告所有の土地店舗があり、家族経営でなされていたため、実際の経費率は、昭和五四年度以降各一六・一パーセント、一八・五パーセント、一七・八パーセントであると主張する。

しかし、原告の主張に係る必要経費率がそのとおりであるとすれば、原告の事業所得金額は本件で推計された金額よりも多額になるだけであり、さらに本件推計で用いられた平均必要経費率の合理性は前記のとおりであるから、原告の右主張は採用することができない。

6  以上によれば、被告主張2の事業所得の推計には合理性がある。

三  その他の争点

雑所得について昭和五六年分における原告の雑所得金額について、被告は八万〇六九三円と計上し、原告はこれを争う。

甲三三によれば昭和五六年分の印税収入として、株式会社ビジネス社から原告に対して合計一一万五二七七円が支払われたことが認められ、被告は、この金額に著作を業としない者の標準的な所得率七〇パーセントを乗じて算出された八万〇六九三円を原告の所得とした(弁論の全趣旨)。

しかし、被告が主張する右所得率の妥当性を認めるに足りる証拠はなく、右収入に対する被告の課税は認めることができない。

四  以上のとおりであるから、原告の本件各係争年度の総所得金額は別表一の被告の主張2記載の金額(事業専従者控除額、給与所得額、昭和五五年分の雑所得額については、当事者間に争いがない)になる。

本件各更正等は、右に認定した総所得金額を下回る金額を総所得金額として認定してなされたものであるから、いずれも適法であるということができる。

以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸本一男 裁判官 安達玄 裁判長裁判官野田武明は、転補のため署名押印できない。裁判官 岸本一男)

別表一

<省略>

<省略>

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別表二

売上原価率及び必要経費率の計算表

<省略>

売上原価率及び必要経費率の算定に際しては0.01以下の端数は各切上げ

別表三 仕入金額

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<省略>

外注費、備品什器費、消耗品費、運賃欄は、原告の主張額である。

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